大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 平成9年(ワ)12672号 判決

原告

梅谷康雄

被告

東京海上火災保険株式会社

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(主位的請求)

被告は原告に対し、金一三三三万三三三三円及びこれに対する平成九年九月一八日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

(予備的請求)

被告は原告に対し、金一四八万七一五八円及びこれに対する平成九年九月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、自損事故を起こして死亡した訴外亡冨永英輔(以下「亡冨永」という。)の子である原告が、主位的に、亡冨永が被告との間で締結していた搭乗者傷害保険特約及び自損事故保険特約によって支払われる保険金二〇〇〇万円は全額原告に支払われるべきであると主張して、被告に対して右特約に基づき保険金一三三三万三三三三円(原告が既に受領済みの保険金を控除した残額)を請求し、予備的に、被告従業員片上由美子(以下「片上」という。)の説明義務違反により、原告は亡冨永の相続を放棄すれば保険金を受取ることができなくなる旨誤信させられ、亡冨永の相続債務一四八万七一五八円を相続することを余儀なくされた結果、同額の損害を被ったと主張し、被告に対して民法七一五条に基づき損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実等(証拠により認定する場合には証拠を示す。)

1(一)  原告は、亡冨永と原告法定代理人梅谷佳代子(以下「佳代子」という。)との間の子である。亡冨永と佳代子は昭和五八年六月二七日に婚姻届を了した夫婦であったが、昭和六四年一月五日に協議離婚した(甲一、二、弁論の全趣旨)。

(二)  亡冨永の相続人には、原告の外に、亡冨永の先妻であった訴外森本敏子(以下「敏子」という。)との間の子である訴外森本真紀(以下「真紀」という。)及び同森本和規(以下「和規」という。)がいるが、亡冨永死亡後、この二人は相続放棄の手続を行った(甲二、甲一〇、弁論の全趣旨)。

2  平成六年一〇月一四日ころ、亡冨永は、被告との間で、左記の内容の自動車保険契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 被保険車 車両番号和泉三三と三二七

(二) 証券番号 九七三二七一九五九四

(三) 保険期間 平成六年一〇月一四日から同七年一〇月一四日まで一年間

(四) 対物保険金額 二〇〇万円

(五) 搭乗者障害保険特約

(1) 保険金額 五〇〇万円

(2) 右搭乗者傷害保険に関しては、「被保険者が被告の支払責任の傷害を被り、その直接の結果として事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額(五〇〇万円)の全額を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う」との約定がある。

(六) 自損事故保険特約

(1) 保険金額 一五〇〇万円

(2) 右自損事故保険に関しては、「被保険者が被告の支払責任の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一五〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う」との約定がある。

3  交通事故(以下「本件事故」という。)の発生と亡冨永の死亡

平成七年七月四日午後一〇時ころ、大阪府堺市三原台一―一付近において、亡冨永運転の被保険車がセンターオーバーし、水銀柱に衝突した後、対向車線を走行してきた訴外金谷満男運転の普通貨物自動車(訴外井上運輸倉庫株式会社(以下「井上運輸倉庫」という。)所有)に衝突する事故が発生し、その約一時間半後に亡冨永が死亡したものである(甲四、五、弁論の全趣旨)。

4  平成七年八月二七日ころ、片上および楠目正信(以下「楠目」という。)はいずれも被告の従業員であった。

5  平成八年三月二八日、被告は原告に対し、本件契約に基づく保険金のうち、搭乗者傷害保険金及び自損事故保険金の合計二〇〇〇万円の三分の一を支払った。

二  争点

1  搭乗者傷害保険特約、自損事故保険特約中の「相続人に支払う」との文言の解釈(主位的請求に関して)

(原告の主張)

(一) 本件においては、真紀と和規は、事故の一四年前(昭和五六年)に離婚した前妻敏子との間の子供で、離婚後亡冨永は右両名に対する養育費も支払わず、全く音信不通であったのに対し、原告とは、昭和六四年の離婚後も養育費を支払い、父子の交流もあったなど実質的な親子としてのつながりが認められた。このように亡冨永は、明らかに原告を他の二人の相続人と区別して扱っていた。また、亡冨永死亡後、真紀らは死亡保険金の受取りをしようとせず、相続放棄をして亡冨永との関係を全く絶ってしまっているのである。そうだとすれば、搭乗者傷害保険特約、自損事故保険特約中の「被保険者の相続人に支払う」という約款については、特段の事情のない限り、被保険者の死亡時におけるその相続人のための契約であると解するべきであるとしても、本件においては特段の事情のある場合として、右「相続人」とは「死亡時における法定相続人全部」ではなく、亡冨永において、離婚後もなお実質的親子関係ないし家族関係の存在した者、即ち原告を指すと解するべきである。

(二) 本件の搭乗者傷害保険、自損事故保険の保険金は、生命保険ではあるが、交通事故による死亡に限定された保険であり、対人対物その他責任保険に付加して締結される契約である。通常の生命保険であれば、その受取人の指定は、契約締結時における契約者の重大な関心事であるから、受取人の指定が敢えてなされなかった以上、被保険者が死亡した場合その相続人に保険金を帰属させようということは保険契約者の通常の意思に合致するといえる。しかしながら、本件保険金のように自動車保険の場合には、死亡保険金の受取人を指定していることの方がまれであり、契約締結時に、保険契約者がそのような保険受取人の指定や、その指定欄の記入方法について説明を受け、あるいは自ら十分な認職を持って調印することはほとんど期待できない。にもかかわらず、保険金中、被保険者死亡後に、保険金受取の意思のない相続人の受取るべき部分が、請求期間満了とともに、常に保険会社の利得に帰すると解するのは、相続によって債務まで承継することになった相続人との関係で著しく公平を欠く。よって、既に他の法定相続人二人の相続放棄が完了し、かつ同人らの保険金請求のないことが確定した以上、この段階で、被告が本件保険契約の死亡保険金受取人に、なお相続放棄をした二名を加えて解釈し、死亡保険金の三分の二の支払いを免れることは、衡平ないし信義誠実の原則に反し許されないというべきである。

(三) 以上より、本件において、原告は搭乗者傷害保険特約及び自損事故保険特約に基づく保険金を全額請求することができると解するべきである。

(被告の主張)

本件保険契約において、死亡保険金の受取人として、被保険者の相続人と定められている場合は、その法定相続人に保険金請求権を帰属させる趣旨であり、同請求権は、保険契約の効力発生と同時に右相続人の固有財産となり、被保険者の遺産の範囲から離脱しているものである。それゆえ右相続人が限定承認しても、相続放棄をしても保険金請求が可能なのである。右解釈が現在確定している実務判例(最高裁判所昭和四〇年二月二日、同昭和四八年六月二九日各判決)であり、原告の主張は独自の見解に過ぎず失当である。

2  被告従業員片上の説明義務違反(予備的請求に関して)

(原告の主張)

(一) 平成七年八月二七日ころ、佳代子が片上に電話をかけた際、片上は佳代子に対し、〈1〉原告が搭乗者保険金五〇〇万円を受け取る意向があるかどうか、〈2〉そしてそのためには原告が亡冨永の債権債務を相続する必要があるがその点はどうするつもりかについて問い、後日返事をするように求めた。そのため、佳代子は亡冨永に関する債権債務がいくらかあることも懸念したが、原告が保険金を受取るためには亡冨永の債権債務を相続するのも致し方ないと考え、相続放棄はしないこととして、右片上に対してその旨を伝え、保険金支払手続を行うように求め、その後相続放棄に関する熟慮期間は経過してしたまったのである。佳代子とすれば、片上に電話をかけた際、片上から、かりに原告が亡冨永の相続をしなくても保険金を受け取ることができると聞いていたならば、亡冨永の相続債務のことも懸念された以上、まず、熟慮期間内に原告の相続放棄申述手続を取り、その上で保険金支払請求手続をとったことは疑いない。

(二) 片上は、損害保険会社に勤務し、死亡事故の際の保険金受取人に対して保険金支払請求権のあることを伝え、或いは保険金受取の意思確認を行う者として、その業務に関し、右保険金の受取は被保険者に関する相続とが無関係であることを説明する義務がある。かりに、そのようなことを積極的に説明する義務まではないとしても、佳代子に対し、原告が相続放棄するかどうかの意向を質問したのであるから、特に保険契約に詳しいとも思われない佳代子に対し、原告が相続放棄をしても同人には搭乗者傷害保険及び自損事故保険が支払われることを伝え、佳代子が、相続によって右各保険金を受け取れなくなると誤解することを防止すべき義務がある。しかしながら、片上は右説明義務に違反し、佳代子に対し「保険金受取のためには相続することが必要である」と伝えたために、同人をして、原告が相続を放棄すると右保険金の支払いが得られなくなると誤信せしめ、原告に後記3の損害を発生させた。

3  原告の損害(予備的請求に関して)

(一) 井上運輸倉庫に対する賠償債務承継分 二〇万八三三三円

原告は、井上運輸倉庫に対する物的損害賠償の債務として金三五九万五〇〇〇円を相続し、このうち二二〇万八三三三円を同社に支払い、残余について免除を受けた。そして、原告は、本件保険契約の対物保険金二〇〇万円によって、てん補を受けたので、相続放棄をしなかったことによる原告の損害は二〇万八三三三円である。

(二) 亡冨永の借入債務承継分 一二七万八八二五円

原告は、相続によって亡冨永の借入債務一〇三万九四二六円及びこれに対する平成七年一二月二八日から年二〇パーセントの割合による遅延損害金の支払債務を相続した。右一〇三万九四二六円に対する平成七年一二月二八日から同八年六月三日までの遅延損害金相当額は九万五五八円であるところ、平成八年六月四日、右元本債務のうち三四万六四七五円を自己の資金で弁済したので、残りの元本六九万二九五一円に対する平成八年六月四日以降平成九年六月三〇日までの遅延損害金は一四万八八四一円である。したがって、右相続によって原告の損害は元本一〇三万九四二六円に遅延損害金合計二三万九三九九円を加えた一二七万八八二五円である。

第三当裁判所の判断

一  争点1(搭乗者傷害保険特約、自損事故保険特約中の「相続人に支払う」との文言の解釈)について

1  前記争いのない事実等及び弁論の全趣旨によれば、被告の約款においては、搭乗者傷害保険に関して「被保険者が被告の支払責任の傷害を被り、その直接の結果として事故の発生の日から一八〇日以内に死亡したときは、被保険者一名ごとの保険証券記載の保険金額(五〇〇万円)の全額を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う」旨の記載があり、同様に自損事故保険に関しては「被保険者が被告の支払責任の傷害を被り、その直接の結果として死亡したときは、一五〇〇万円を死亡保険金として被保険者の相続人に支払う」旨の記載があるところ、本件契約は、右約款の記載に基づき、これをその契約内容として亡冨永と被告との間で締結されたことが認められる。

2  ところで、右「被保険者の相続人に支払う」という条項については、被保険者が死亡した場合において、保険金請求権の帰属を明確にするため、被保険者の相続人に保険金を取得させることを定めたものと解するのが相当であり、保険金受取人を相続人と指定したのと何ら異なるところがないというべきである。

そして、保険金受取人を相続人と指定した保険契約は、特段の事情のない限り、被保険者死亡の時におけるその相続人たるべき者のための契約であり、その保険金請求権は、保険契約の効力発生と同時に相続人たるべき者の固有財産になると解すべきである(最高裁判所第三小法廷昭和四〇年二月二日判決、民集一九巻一号一頁、最高裁判所第二小法廷昭和四八年六月二九日判決・民集二七巻六〇号七三七頁各参照)。

3  そこで、本件において右にいう特段の事情が存在するか検討するのに、前記争いのない事実等に証拠(甲一ないし六、一〇、一二、一四、一五の1ないし3、乙一、二、証人片上、原告法定代理人佳代子)及び弁論の全趣旨を総合すると、亡冨永の死亡後、真紀及び和規は相続放棄の手続きをとるなど亡冨永との関わり合いを避けるような態度をとり続けていたこと、保険金の支払いについての被告との交渉はもっぱら佳代子が行っていたこと、真紀及び和規は、保険金の請求期間内に、被告に対し、何ら保険金を請求する旨の意思表示をしなかったことが認められるが、かかる事実は、亡冨永が、保険契約締結時において「相続人に支払う」という条項につき、保険金請求権を相続財産とする趣旨と解する旨を表示し、あるいは法定相続人のうち特定の者を保険金受取人として指定したことを窺わせる特段の事情とは未だ認め難く、他に右特段の事情の存在を認めるに足りる的確な証拠もない。

4  また、相続により原告が亡冨永の債務を承継することになった一方で、真紀と和規が保険金請求をしなかったことにより、被告が搭乗者傷害保険金及び自損事故保険金のうち三分の二の支払いを免れることになったとしても、このような事情があるからといって、直ちに衡平ないし信義誠実の原則に反することになるとはいえない。

5  以上のとおりであるから原告の主位的請求は理由がない。

二  争点2(被告従業員片上由美子の説明義務違反)について

1  前記争いのない事実等に証拠(甲四ないし八、一〇、一二(後記信用しない部分を除く。)、一三の1、2、一四(後記信用しない部分を除く。)、乙一、二、証人片上(一部)、原告法定代理人佳代子(後記信用しない部分を除く。))及び弁論の全趣旨を総合すると以下の事実が認められる。

(一) 平成七年七月から八月当時、片上は、被告の大阪支店損害サービス第二部大阪南損害サービス課において、直属の上司である楠目の指示の下に、任意保険、対物車両保険、搭乗者傷害保険、自損事故保険の保険処理に従事していた。

(二) 本件事故の発生後、平成七年七月七日に、片上は本件事故の最初の報告を受け、その際、亡冨永が死亡したこと、亡冨永が二度結婚しており、先妻との間に子供が二人おり、後妻との間には一人子供がいることを被告において認識した。

(三) 片上は、楠目から、亡冨永の相続人の特定とそれらの保険金請求の意思確認を行うように指示を受け、その作業を開始したところ、亡冨永の勤務先より本件契約のことを聞き及んだ佳代子から、同年八月二八日に片上あてに電話で連絡が入り、片上は佳代子と三〇分以上にわたり会話をした。

(四) その電話において、片上は佳代子から説明を求められるままに亡冨永が加入していた対物保険、搭乗者傷害保険及び自損事故保険の内容と保険金額について一通りの説明をした後、原告の法定代理人である佳代子の保険金請求の意思確認をしようとしたが、その際、佳代子から亡冨永にはいろいろ負債があり、相続をどうしようか考えているので保険金請求するかどうかは即断はできない旨の話がなされたが、それに対して片上は、保険金請求権の消滅時効は二年であり、この間に連絡するように述べたのみで、保険金請求権は相続をするか否かにかかわりなく行使できることまでは説明しなかった。その後、佳代子は片上に連絡を取ったことはない。

以上のとおり認められる。

2  もっとも、証人片上は、片上が平成七年八月二八日ころ電話で佳代子と話した時間は一〇分から一五分程度であるし、亡冨永の債権債務を相続するかどうかというような話は一切出ていない旨を供述するが、佳代子は自ら片上に電話を掛け、保険金についての詳しい説明を求めた上、亡冨永の債務の話までしているのであって、わずか一〇分程度で会話が終了したとは到底考えられない上、亡冨永の負債の話が会話において出ていたことは証人片上自身も認めているところ、初めて会話をする者同士で何の脈絡もなくこのような話題になることは通常考えられないのであって、右の片上の供述は採用することはできない。

他方、原告は、佳代子が片上に電話をかけた際、片上が佳代子に対し、本件契約中の保険金額一五〇〇万円の自損事故保険特約の存在を告知せず、しかも原告が本件の保険金請求権を行使するためには亡冨永の債権債務を相続する必要がある旨を述べたと主張しているところ、原告法定代理人佳代子も同趣旨の供述をし、甲一二号証及び同一四号証にも同様の記載がある。

しかしながら、片上がことさら前記自損事故保険特約の存在を秘匿しなければならない必要性は認められないから、この点に関する原告法定代理人佳代子の供述、甲一二号証、同一四号証の各記載はいずれも不自然で、にわかに採用することができない。また、証拠(甲七ないし九、一三の1、2、証人片上、原告法定代理人佳代子)及び弁論の全趣旨を総合すれば、右電話においては亡冨永の相続問題について、片上が積極的に発言したのではなく、一方的に佳代子が説明を求めて、片上がそれに対して必要な限りのことを述べている態様で会話がなされていたこと、佳代子が亡冨永のローンの正確な内容を知ったのは早くとも平成八年三月一三日ころであって(甲八)、右電話の当時は佳代子自身、亡冨永の債務がどれだけかについての正確な知識を有していなかったことがそれぞれ認められ、以上の事実に、片上が右の電話当時、未だ入社して四年目の従業員で保険金請求権の帰属やその行使について責任ある回答をなしうる立場にあったとは思われない上、本件のような場合の保険金請求権と相続との関係について正確な法律上の知識を有していたとも認められないこと等を合わせ考えるならば、片上において、原告が本件の保険金請求権を行使するためには亡冨永の債権債務を相続する必要があるとまで述べたというのは不自然であり、この点に関する原告法定代理人佳代子の供述、甲一二号証及び同一四号証の記載もたやすく信用することができない。

他に前記2の認定を左右するに足る証拠はない。

3  ところで、保険金受取人の意思確認をすべき立場にある保険会社の従業員が保険金請求権者に対し、当該事案において保険契約の約定がどのように解釈され、適用されるのかが一義的に明確であるにもかかわらず、〈1〉あえてこれと異なる意見を述べたり、あるいは〈2〉保険金請求権者が保険契約の約定の解釈を誤解していることを容易に知り得たにもかかわらず、あえて右約定の解釈・運用を十分に説明せず、よって保険金請求権者に不測の損害を与えた等の特段の事情がある場合にのみ、不法行為法上の帰責事由があると解するのが相当である。これを本件についてみるに、既に説示したとおり「被保険者の相続人に支払う」という条項の解釈は、全ての事案において保険金請求権が法定相続人の固有財産になるということを意味しているわけではなく、特段の事情のいかんによっては、保険金請求権を相続財産とする趣旨と解すべき場合や、法定相続人のうち特定の者を保険金受取人として指定したとする趣旨と解すべき場合もあり得るのであって、そもそも本件の事案において右条項の解釈・適用がどのようなものになるのかは必ずしも一義的に明確であるとまではいえないというべきである。のみならず、本件において、片上が積極的に右条項の通常の解釈(原則として、保険金請求権は法定相続人の固有財産になるということ)と異なる解釈を述べたという事実を認めるに足りる証拠がないことは既に認定したとおりである。

さらに、佳代子が、片上に対し、亡冨永に負債があり、相続をどうしようか考えているので保険金請求するかどうかは即断できないという趣旨のことを述べていたとの事実から、あるいは片上において、佳代子が、亡冨永の債権債務を相続しなければ保険金請求権を請求できないと誤解しているかもしれないと推測することは可能であるとしても、一般に被相続人の死亡を機に相続するかどうか、あるいは保険金請求をするかどうかは、単に財産の増減という経済的な側面のみによって決定されるわけではなく、個々人の個人的な諸事情に左右される性質のものであるから、かりに佳代子が本件の保険金請求権の行使が亡冨永の相続とは無関係であることを知ったとしても、直ちに亡冨永の相続放棄の手続きを取ったであろうとまではにわかに推認できない上、佳代子が平成七年八月二八日ころに片上に電話をかけて以降、片上に何ら連絡を取っていない本件においては、前記片上と佳代子との電話における会話をもって、片上が、佳代子が亡冨永の債権債務を相続しなければ保険金を請求できないと誤解していることを容易に知り得たとまで認定するのは困難というほかはない。

したがって、片上につき、不法行為上の帰責事由があると認めることはできないし、他にこれを肯定すべき特段の事情を認めるに足りる証拠もない。

4  したがって、その余の点につき判断するまでもなく原告の予備的請求も理由がない。

三  結論

以上のとおりであって、原告の被告に対する請求はいずれも理由がないから失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 三浦潤 山口浩司 大須賀寛之)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例